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海の魔法使い
すこし、季節外れの、海のおはなし。

このあいだ、すごくなつかしい声で、名前をよばれて、
それが、ずっと耳に残っているので・・・

名前って、ふしぎです。

いちばんたくさん、わたしにむかって、かけられる言葉。

いろんな声で、いろんな調子で。

ひとつしかないのだけど、
たくさんの種類の、ある言葉です。




耳をすましてごらんなさい。
ほら、きこえるでしょう。
よせては返す、波のざわめきにまじってひびく、かすかな水音が。
あれは、海の魔法使いたちの、ささやく声なのです。
やさしい声のときもあれば、いたずらっぽい声のときもあります。
海の魔法使いたちは、いつもいつもあんなふうにささやきながら、
               陸に上がって、すがたをかえるのです。



陸にあがった海の魔法使いたちは、人間たちに
ちょっといたずらをすることがあります。

でも、とても自然に砂浜の風景になじんでいるので、
だれも、それが海の魔法使いだなんて、気がつかないのです。


ある、海の魔法使いの家族に、おんなのこの赤ちゃんが生まれました。

海の魔法使いの赤ちゃんは、すこしおおきくなって
姿をかえて陸にあそびにいかれるようになると、
じぶんで、ぴったりの名前をみつけてきます。

人間たちのお話のなかからみつけた、白雪姫ちゃん。

浜辺でいっしょにあそんだ
ラブラドール犬の首輪に書いてあった、レックスくん。

ハマエンドウちゃん。

海の魔法使いたちは、もうずっと長い間、みんなそうしてきたのです。


でも、この女の子は、すこし変わっていました。

とても陽気で、よく笑い、
おにいちゃんやおねえちゃんがもってきてくれた、どんな
名前も気に入り、返事をしてしまいます。

ひとつの名前をもってしまったら、
もう、ほかの名前にはなれないことが、気がかりでもあるのです。


そんな赤ちゃん魔女に、
ある日、おとうさんがそっとわたした、とっておきの名前は・・・


とても、想像もつかないような、
でも、こころから納得の、ふしぎな名前。

読んだ人だけの、おたのしみです。

     ・・     ・・     ・・

わたしは、自分の名前がだいすきです。

ふみ、という名前で
「ふ」も「み」も、音に角がないというか、
まあるくて・・
ざる豆腐みたいだと、おもいます。


一生に、ひとつしかないけれど、
たくさんの意味の、ある言葉。

好きな人や、耳にのこる、大切な響きがふえていって、
年を重ねるごとに、いっそう、わたしだけのとくべつなものに
なっていきます。



”海の魔法使い”

パトリシア・マクラクラン 作 金原瑞人 訳 中村悦子 絵
あかね書房 1050円