外国の絵本 <
ふくろうくん なみだのおちゃ
自分の身におきる、悲しい出来事を想像して、涙をながす・・・

というのは、思春期の女子のひとり遊びとしてはポピュラーなもの・・
だと思う・・(のだけれど、どうでしょう?)

部屋といわず、教室といわず、電車といわず
こうしてわたしたちは
絵本によってつくられた心の中の「想像」のスペースを最大に活用しながら
ロマンチックなものへの確固たる想いを募らせていったので
あの妄想の涙は決してムダではなかったと信じています。

でも、この物語の主人公のふくろうくんの涙の使い方を知ったときには、
目からウロコがおちました。

こんな、妄想の使い方も、あるんだ!って。




ふくろうくんは
「きょうは、なみだでおちゃをいれようっと」思いたつと
湯わかしをひざにかかえて、イスにすわります。

それで、
ストーブの後ろに落ちて、見つけられっこないスプーンや
誰も見てくれる人のいない朝や
お皿に残ってしまったマッシュポテトや
短くなって使えないえんぴつのことを想い
涙をながし、その涙でお茶をいれ、夜のひとときを過ごすのです。


あぁ、ふくろうくん。
「ながした涙でお茶をいれる」のではなくて
「お茶をいれるために、涙をながす」なんて、
なんておとなっぽい想像力の使い方なんでしょう・・!


わたしの想像力・妄想力も、いまだ健在。
縫い物やお料理をしていると、妄想に歯止めがきかなくなって
ひとりで、涙を流すことも・・

わたしにもまだ、なみだのおちゃを飲むことができるかな。
その日が来るまで、ちっちゃな出来事もちゃんと見えるように
こころの窓はいっつもきれいにみがいておこう。

そして、いつか、ふくろうくんのように
「なみだのおちゃは、いつでもとてもいいもんだよ。」
って、しぶくつぶやくんだ・・・



”ふくろうくん”
アーノルド・ローベル 作 三木卓 訳 文化出版局